特別な日
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午前十時

とりあえずすることが思いつかなかったので家に帰ってきた。
帰ったとたんに珍しく電話がかかってきた。
「もしもし」
「ああ、オレオレ。昼間あいてる?ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど。」
誰だったか思い出せなかったが、まあいいだろう。
近くの喫茶店で十二時に待ち合わせることにして、電話を切る。
俺に手伝って欲しい事とはなんだろう?
今までの人生で人に手伝ってほしいと言われたことは皆無に近かったので、どんなことをさせられるのかは分からなかった。
まあ俺にできることなどほとんどないが。
布団をたたむのを忘れていたのでたたんでしまう。
時計を見るとまだ十二時までだいぶあったので駅前まで出かけることにした。
家に一番近い駅は路線の末端で使っている人もそれほどいないせいか、あまり店などがない。
だから駅前と言えばそこから一駅行った所を指すのがこの辺りの人の暗黙の了解である。
一駅とはいえ結構離れているので自転車で行くよりバスで行くことのほうが多いのだが、今日は自転車で行くことにした。
家から出たところで手紙を出さなければいけない事に気づいた。
戻って手紙を探したが、見当たらない。
結局どこにあるか分からずじまいのまま、駅に向けて出発した。
出発したその矢先、自転車がパンクしてしまった。
ついてない。

午前十一時

自転車屋はここから少し歩く。
どうしようか迷ったが、パンクを直してもらうことにした。
自転車屋の主人は親父と同じくらいの年齢で、なぜか行く度に俺の近況を尋ねてくるので自分のことを話すのが嫌いな俺はなるべく行かないようにしていた。
そのためにわざわざ本来ならいらない空気入れを買ったほどだ。
「おや、いらっしゃい。珍しいね。」
俺の姿を見ると、うれしそうに話しかけてくる。
「あの、何で俺なんかにそんなに構おうとするんですか?」
今まで不思議に思っていたので、そう聞いてみた。
すると、一瞬目を見開いて
「今日は何かあったのかな?いつもは返事もしないのに・・・。お客さんには誰にでも話しかけるよ。まあ、君の場合は歳が息子と同じくらいだから放っておけないって言うこともあるんだけどね。」
そういいながら、てきぱきとパンクの箇所を確認していく。
「息子さんがいたんですか」
「あぁ、生きていればだけどね。死んだ子の歳を数えるとはよく言ったものだが、ついそうしてしまうんだよ。」
「死んでしまったんですか?」
「おととしにね。交通事故だった。皮肉なことに、自転車に乗ってたらしくてね。整備不良でブレーキが利かなかったそうだ。」
そういうと乾いた笑い声を上げた。
俺はなんていったらいいのか分からず、ただ黙っていた。
「これでよしっと。君もご両親には心配をかけちゃだめだよ。親はいつも子供のことを心配しているものだからね。」
はい。と小さく答えてからパンク代を払うと、すっかり直った自転車に乗って駅を目指そうとしたが、約束の時間が近いので近くの本屋に行くことにした。
本屋に入ると、まずは新刊案内を見る。
面白そうな本は今月は出なさそうだな。
それだけ確認すると、平積みになってる本を眺める。
―――なんだ?
ふと不審な動きの少年たちが視界に入ってきた。
辺りを見ているのが二人、その間にもう一人。
気なって観察していると、真ん中のやつが本を手にとって何食わぬ顔でかばんに入れた。 何だ、万引きか。
れっきとした犯罪行為だが、自分もやったことがないとは言わないし止めるいわれもない。 が、思わず口に出してしまっていたらしい。
彼らはびくっと体を震わせると、こっちをじっと見てきた。
―――偽善者ぶるのはさっきので懲りたんじゃないのか?
一瞬そう思ったが、今日くらいはいいだろう。
「ちょっとそれ置いたら来てもらえるかな?」
できるだけ優しい表情になるように気をつけながら言う。
両側の二人はそれってなんすか?という表情を浮かべたのに対し、真ん中は青ざめた顔で 「はい」
と小さく返事をして、かばんから本を取り出した。
そのまま本屋を出ると、待ち合わせの場所である喫茶店へ向かった。
後ろを見ると意外にもきちんと付いてきている。
何も言わずに喫茶店へ入っても、彼らはそのまま付いてきた。
「コーヒー4つ」
向かいに座った彼らに彼らに確認もせずに頼む。おごってやるからいいだろう。
頼んでからしばらく何も言わないでいると、
「ごめんなさい」
さっき真ん中にいた彼が泣きそうな顔で謝ってきた。
「俺は補導員でもないし、警官でもない。学校はどこだとか聞かないから安心しろ。」
多少きつい口調になるが、仕方ない。
彼らは明らかにほっとした表情になった。
「ただ見てしまったのでな。あまり楽しいことじゃないからやめとけ。見つかったら大事だしな。俺が言いたいのはそれだけだ。コーヒーおごってやるから飲んだら行っていいぞ。」
三人は無言でうなずくと、来たコーヒーを飲んで帰っていった。
彼らが二度としないかどうかは知らない。
だが、恐らく真ん中にいたやつに責任を押し付けまた似たようなことをやるのだろう。

正午

「あいつら知り合いか?」
彼らが行った後すぐ後ろから話しかけられた。
さっきの電話の声だ。
と言うことは彼が待ち合わせた相手なのだろう。
相変わらず誰だかわからないが。
「まあな。」
詳しく聞かれるのも面倒なので適当に答えた。
「それで、俺に手伝ってほしいことって何だ?」
「ああ。実はこれから引っ越すんだけどさ、人手が足りなくて大学の卒業名簿見ながら電話かけまくってた。ところで俺が誰だか分かってるよな?」
向かいに座るなりそうまくし立ててきた。
「いや。分からん」
「同じ学科だったんだけどな。お前とはあんまり話さなかったから仕方ないか。」
そういわれれば同じ部屋にいた気がする。
「それで、今すぐにでも手伝って欲しいんだけど。いいか?」
「ああ、分かった。行くよ。」
「まじで?まさかお前に来てもらえるとは思わなかったぜ。御礼はここと夕食でいいか?」
「いいよ。それで、どこからどこにに越すんだ?」
「うちは大学の近くだったんだけど、越してくる先はここから見えるあそこなんだ。」
そう言って指差した先は、最近できたばかりの高層アパートだった。
「なかなか良い所だな。」
「そうだろ?実はあそこ、建てたは良いけど入居者がなかなか集まらなかったらしくて半額以下の家賃で良いんだ。」
そういって言われた金額は俺の住んでいるところに毛が生えたくらいの値段だ。
「確かに安いな。」
「だろ?お前も住むか?今なら俺と同じ値段で住めるぞ。」
「いや、遠慮しとく。今のところで十分だからな。」
「そうか。ところで、お前は今何やってるんだ?噂じゃ就職浪人だって聞いたが・・・って聞いちゃまずかったか。すまん。」
俺の顔色が変わったのが分かったのだろう。
「いや、いいよ。確かにまだ就職先は決まってない。バイトも昨日首になったしな。」
「おい、大丈夫なのか?頼んどいてあれだが、仕事探したほうが良いんじゃないのか?」
「今日はあいてるから構わないよ。それじゃあ行こうか。」
これ以上言われるのがいやなので強制的に話を切って店を出る。
彼もあわてて出てくる。
約束道理ここはあっち持ちだ。


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