特別な日
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午前七時

目覚ましの音で目を覚ました。
いつもならまだ寝ている時間だが、今日ばかりはすっきりと起きることができた。
―――おかしなものだ。こんな日に限って妙に気分がいい。
冷蔵庫の中身は残っていないので朝食はコンビニで買ってくることにする。
「いらっしゃいませ。」
近所にあるこのコンビニはおにぎりよりサンドイッチのほうがうまい。
迷うことなく卵サンドを手に取り、ついでに缶コーヒーも持ってレジに向かう。
前に二人並んでいるので少し待つことになった。
今日くらいもっといいもの食べればいいのにとも思うのだが、今日はこれが食べたい気分だった。
前の人が動いたのに気づき一歩前に出る。
これから何をしようか。
どうせできることなど多寡が知れているが、今日だけは無為に過ごすことはできない。
ようやく俺の番になった。
と、そのとき
ガッシャーーン
道路側の大きなガラスを突き破ってトラックが突っ込んできた。
幸いにも俺のいる前のあたりではなく、後ろのあたりだった。
時計を見るとちょうど8時になるところだった。

午前八時

すぐに警察が来た。
偶然にもけが人はいなかったため、救急車は来ていないようだ。
どうせ居眠り運転か何かだろう。
そう思ったので、警察にはそう話しておく。
こんな日にこんな事で時間を無駄にしたくないので、警察に用事がある旨を伝えて早めに開放してもらった。
家に戻って買ったものを食べているときに、今日が土曜日だったことを思い出した。
どうやらけが人がいなかったのは土曜日で人がいなかったことも関係あるようだ。
今日はごみの日ではないので、ごみはやむを得ず公園のゴミ箱に捨てることにした。
せっかくなのでごみを捨てに行くついでに近くの川まで足を伸ばしてみることにする。
朝の散歩に時間に当たったのか、犬を連れている人に出会う。
普段なら挨拶を返すだけなのだが、せっかくなので挨拶ついでに犬の種類や名前などを聞いてみた。
ハナ、アキラ、コウタ・・・俺が思っているより人間の名前をつける人が多いようだ。
種類はやはり小型の犬が多い。
そんな中、うつむいて歩く小学生くらいの女の子を見かけた。
ちょっと気になったので話しかけてみる。
「おはよう。なんか悲しいことでもあったの?」
少女はびっくりしてこっちの顔をまじまじと見た後
「・・・大丈夫です」
と答えた。
「お兄さん、今日はとっても気分がいい日だから心配事があったら聞いてあげるよ?」
すると、少女はちょっと考えた後に
「誰にも言わない?」
「うん。言わないよ。お兄さんは口が堅いからね。」
これは半分嘘だ。言おうにも言う人がいないだけだ。
「あのね・・・」
少女の話によると、どうやら両親が不仲で毎日喧嘩が絶えないということだった。
この子はちょっと大人びているのか(はたまた最近の小学生は皆そうなのか)、離婚と言う言葉を知っていてそれを心配しているらしい。
思った以上に深刻な話に、どうしようか悩んだものの結局少女の家まで行って両親に話してあげることにした。
余計なお世話と言われ、罵られる確率は非常に高いがそんな事には慣れているし、今日一日の辛抱だ。
第一こんな小さな子に心配かけていいわけないだろう。
―――いつもなら友達が相談をしても適当に流しているだけだった俺が、こんな余計なことをするなんてどうかしてるよ。
そんな皮肉めいたことを思いながら、少女の家へ案内してもらった。

午前九時

少女の家は川からは少し遠いところにあった。
普通の住宅街にある一戸建てでまだ建てられてからそんなに経っていなさそうだ。
少女の両親は今日は家にいるらしい。
喧嘩が絶えないと聞いていたので、少し変な気もするが案外そういうものなのかもしれない。
「ただいま」
「すみません、おじゃまします」
「はい、どなた?」
さて、どう説明したものか。
とりあえず父親にも出てきてもらわない事にはどうしようもないので、
「ご主人はご在宅でしょうか?」
と言ってみた。
「はい、おりますが主人の知り合いでしょうか?」
そうですと答えようとしたとき、
「おい、こんな早くからお客さんか?」
と、当の本人が出てきた。
だが、俺の顔を見るととたんに不機嫌な顔をして、
「おまえ、こんなところまで何しに来たんだ?まさかくびを取り消してほしいわけじゃないだろうな?」
少女の父親は俺がつい昨日くびになったばかりのファミレスの店長だった。
とりあえずここに来た目的を果たすことにする。
一通り話すと、返事は
「うちの問題だ。大体お前そんな事言えるほど立派な人間か?」
予想道理だ。
奥さんのほうもやはり迷惑そうな顔をしている。
「確かにそうだとは思います。でも、娘さんが心配しているんですよ?」
「お前には関係ない。大体仕事もまじめにやらないお前が人のうちの事情にとやかく口を出すな。もういい。帰れ。」
追い出されてしまった。
―――結局何もできなかったな。
いつものような無力感が体中を包む。
―――もう帰って寝てしまおうか。
いや、今日だけはこんなことでくじけてはいられない。
すぐそこに自動販売機があったのでコーラを買う。
「おにいちゃん」
さっきの少女が心配そうにこっちを見ている。
逆に迷惑かけちゃったかもな。
「大丈夫だよ。お父さんとお母さん、早く仲直りするといいね。そうだ、ジュース買ってあげるよ。どれがいい?」
すると少女は首を横に何度も振り、
「ごめんなさい」
と一言だけ言うと走って去っていった。


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